カバンに好きを詰め込んで。

田中センが好きなものを好き勝手に語るブログです。

「ニムロッド」と「ニムロッド」

2019年1月16日、平成最後の芥川賞が発表された。受賞作は上田岳弘さんの『ニムロッド』と、町屋良平さんの『1R(ラウンド)1分34秒』。事前に候補作は読んでいたが、特に好きだった2作が受賞したのは非常に嬉しい。

 

上田さんは、受賞会見の最後にこう発言していた。

「僕の好きなロックバンド『ピープル・イン・ザ・ボックス』に『ニムロッド』という同名曲がある。すごく好きで、このタイトルで小説を書きたいなと思っていたので、書けて良かった」

 『ニムロッド』を読んだとき、私はPeople In The Boxの『ニムロッド』を思い出していた。それがまさか、本当にタイトルの由来だったとは……とひとり感慨深く思っていた。

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たしかに今あらためて聞くと、小説『ニムロッド』のモチーフになったんだろうなというような歌詞もある。

 

あらためて、小説『ニムロッド』のあらすじを紹介しよう。

 

システムエンジニアとして働く主人公、中本哲史(ナカモト・サトシ)はある日、社長から命じられ「仮想通貨を採掘(マイニング)する新規事業」を任せられる。たったひとりで余ったサーバーを使い、淡々と「採掘課」の業務を続ける中本。彼は外資系企業に勤務している多忙な恋人、紀子と過ごす一方、かつての同僚であり、小説家への夢を諦めた、ニムロッドこと荷室から小説が送られてくる。

ぽたぽたと流れる、水みたいな涙。別に悲しいわけでも、感動しているわけでもない。前に舐めてみたことがあるけど、塩気はほとんどなかった。ある日突然始まった僕のこの症状をニムロッドは相当面白がって、小説のモチーフにしたいと言っていた。

 ニムロッドは中本の不思議な癖をもとに書いた小説を、彼に送り続けていた。それは、以前から一方的に送り続けていた、Naverまとめ「ダメな飛行機コレクション」を紹介する文章とリンクしながら、『ニムロッド』は中本の日常とニムロッドの小説を互いに行き来しながら進んでいく。

 

中本が受け取る小説は、「買えないものは存在しない」ほどの資産を、バベルの塔を築くことで得た男、“ニムロッド”の視点で語られる。“ニムロッド”は商人のソレルド・ヤッキ・ボーからダメな飛行機を買い取り続ける。塔の外には普通の人間はいない。個であることをやめ、ひとつのものとして溶け合ってしまったのだ。

 

人間の王として高い塔に君臨する、“ニムロッド”。これはまさにPeople In The Boxの別の楽曲『旧市街』の歌詞を彷彿とさせる。

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かくして僕は塔に君臨した さあ角砂糖を献上せよ

People In The Box『旧市街』より

 人が人でなくなった世界で、“ニムロッド”は何を思うのか。

 

太陽は正面にある。僕の他には、誰もいない。人間の王である僕以外は誰も。帰りの燃料を積むことができないこの駄目な飛行機ならば、あの太陽までたどり着くことができるだろうか?

上田岳弘『ニムロッド』より

 あの太陽が偽物だって どうして誰も気づかないんだろう

People In The Box『ニムロッド』より

 人間として存在し続けるためには。個として生きるためには。そんな迷いと憂いが、祈りのような言葉で紡がれる『ニムロッド』。上田さんの言葉を機に手に取ってみたくなったのなら、ぜひとも読んでみてほしい。